9/25 - アレしてソレして…阪神のセ・リーグ優勝で思うこと - Suzanne Vega「Luka」

阪神が優勝しました!(野球の話です)

 

阪神ファンの僕(SPOONのイマムラ)は、大いに喜んだわけですが、今年から阪神には岡田監督が就任し、優勝のことを「アレ」と称してシーズンの戦いを進めてきていたことはご存じの方も多いと思います。

 

僕は、この「はっきり言ってしまわない」岡田監督の言葉選びが面白くて、とても好きだと感じました。(結構他のことはズバズバはっきり言う方ですが…)

 

最近の野球(大リーグに顕著)は、どんどんパワー・スピード重視になってきていて、バッターはとにかく強く打って遠くに飛ばして、ピッチャーはひたすら速い球追求してギュインと変化球投げて、というような傾向が強いです。

 

その反面、細かな戦術や守備的な要素は軽視されてきているのですが、今年の岡田阪神は「いや、野球はそんな体力自慢大会じゃないぜ?」というような、そういう風潮に一言モノ申すような、1点を大事にとってそれを一生懸命守る。そんな試合巧者と言える勝ち方で対戦全チームに勝ち越して優勝しました。(←これはすごい。得意不得意がないということは強さの表れですね)

 

野球の話を延々としてもしょうがないのですが、じつはこれは野球に限らない傾向だと思うんですね。

結果重視で能率や効率ばかりを優先して、過程を重んじない。そういう考え方がいろんな場面でどんどん増えているように思います。

 

勉強なんかもそうで、テストの点数をよくすることばかりを考えられているようですが、本来「勉強」っていうのはそうじゃないじゃないですか!? 「勉強になったなあ」と人が思うときっていうのは『次のテストで出そうなところが知れた』というのではなくて『自分自身の知識として今後役に立ちそうなことが身についた』という意味で使う言葉だと思うのです。

そこに本当は「競争」というものは介在しないはずだと思うんです。

 

でもまあ現実は全然そうじゃなくて、勉強というのはテストの点数の競争ですよね。「偏差値」という考え方がもう完全に他人との競争の中での発想ですもんね。

 

 

こういう時代の流れにぼやいていると、若い奥さんと娘のいる友人に言わせると「おまえは考えが古くて排他的だ」という話になってしまうのですが…。でも僕はなにが嫌かって言うと、結果重視の考え方は、『持てる人』と『持たざる人』を完全に分断してしまう傾向にあると思う、そういうのが嫌で、怖いなと感じるのです。

 

職場では、ある一定の成果をあげられない人を「使えない」(いやな言葉だな)と断じ、そう評価された本人たちも自分は「役立たず」だと思わせられるような社会を生むと思うのです。

 

『機関車トーマス』の中で、トーマスが「みんなの役に立つように頑張っているんだ!」と意気高く話すシーンがあるのですが、違和感は覚えつつもまあ機関車は人間が便利さのために生み出した道具(機械)だしな…とか思っていたのですが、トップハムハット卿(トーマスの路線の責任者みたいな人)の「お前たち、今日も役に立ってくれよ」というセリフなんか聞くと、いや、やっぱりその声掛けはおかしくないか? と思ってしまいました。擬人化した機械自体がそういうのはまだ健気でいいけど、仮にも擬「人」化しているわけですから、その相手に「役に立て」と声に出して言うのはなんだかなあ…、と思いながら息子とトーマス見てました。

※ちなみにGoogleで「トップハムハット卿」と検索すると、予測検索に「パワハラ」とか出てきたので、やっぱり少しそういう認識もあるようで…

 

役立つかどうか、

世間に貢献しているかどうか

有益な存在かどうか

 

こういう考え方は自分がそうありたいと強く願うのならとても高尚で素晴らしい考え方だと思いますが、もしそれが思わされているのだとしたら、僕はあまり必要ないんじゃないかと思います。(「害虫」「益虫」とかいう言葉も、勝手だなあと思います。)

だってこの考え方でものを見ているとしたら、能力のない人は必要ない人になっちゃうじゃないですか。

 

数年前に障がい者施設での痛ましい事件(とかいう言葉では片づけられませんが)が起きましたが、極端にいうとそういうことになると思うのです。あの人の主張は能力主義の観点から言うと筋が通っているということになります。己の人生をなげうって凶行に出たという点で、ある意味あの人は能力主義の思想の『被害者』と言えるのかもしれないのです。

(あの、とか、そういう、とかぼかして書いてすいません。まあ、そういうテーマだしいいか…。)

 

ちょっと前に(↑と同じくらいの頃かなぁ)、蓮舫さんが「二位じゃダメなんですか」と言ってものすごい批判を浴びましたが、その前後の詳しいやりとりがあってこの言葉が出たとして、僕はなんだかいけない言葉には思えないんです。

とにかく一位になるためには、トップの国を抜くためには、という話をたくさんたくさんされたら、僕だったらうんざりして「なんでそんなに一位になりたいんですか」とか言ってもっと怒られちゃうかもしれないなとか考えました。

 

だってテストの時に、親から「一位になるために、あの人より多く点数とるために」って言われ続けたとしたらキツイじゃないですか。

 

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岡田監督は、できるだけ多くの選手たちが給料の上がるようにするのが監督の役目、という話をしています。

それは、それぞれを単純に能力で競わせて選手たちをふるいにかけるようなやり方ではなくて、選手たちの特性を見抜き、その特徴にあった場面で起用することでその選手が輝く場面を増やす。そういうやり方です。できないことをさせるのではなく、できることをしっかりやる野球でした。

こういう「やさしい野球」が、今年ダントツでセ・リーグを制覇したのは、ファンだからというだけでなく、とても現代の「きびしい社会」に一石を投じたような気がして、僕は痛快でした。

 

 

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今日の一曲は、"Suzanne Vega"の「Luka」です。

 

 

アメリカの80年代を代表するシンガーソングライター、スザンヌ・ヴェガさんです。

特別すごい歌唱力を感じるのでもないし、声の質が特徴的というわけでもない。でもこのナチュラルで飾らない歌声は、何度聞いても飽きないような、とても心地よい歌声です。

 

きちんとしたミュージックビデオもあったのですが、こっちの動画の方がいかにも80年代って感じがよく味わえるので、こっちにしてみました。もとの音源知っている人なら気付くと思いますが、これ、ライブじゃなくてテープ音源ですね。いわゆる口パクです。カラオケでもなくて。

 

ギターの人とかランニングシャツでいいですね! 最近あんまり言いませんね、ランニングって。僕、よく着てますが…。

 

この「Luka」は美しいメロディと、過度に装飾されていないアレンジが、このスザンヌ・ヴェガのナチュラルな歌声とマッチした佳曲です。

My Name Is Luka…と、中学生でもヒアリングできそうな歌いだしですが、今回調べて初めて知ったのですが、このPOPな印象の曲調にしてはどうもかなりシリアスな歌詞の内容でして…。

 

 

歌詞の意味知らなかったので、狙ったわけではないのに、いつもよりまじめな内容の自分のブログ記事の日にこういう一曲を紹介するというのもなんだか縁のようにも思います。まあ、さすがにアホな曲は気がひけたので、こういう曲調のにしたんですけんど。

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いつもアホなことばかり書いているのに、何があったの? という感じですね…。

…とはいえ、この社会から受けている恩恵も多分にあるのは自覚しているので、自分の気持ちとしては「世の中が厳しい方向へ進んでるとしたらそのアクセルをちょっと緩めてもいいんじゃないかい?」というくらいに居たいな、とおもっているこの頃です。

 

 

今日も読んでくださって本当にありがとうございます。

 

 

SPOON

今村