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Lisa Loeb - 同じテーブルで

僕は20年前、大学生だった。

 

面倒くさいことがとにかく苦手で、家事はおろか、米も炊けない。そんな僕は、高校卒業後の進路に当然実家から通える大学を選ぶことになる。

 

米は炊けないが、思春期の衝動だけは人並み(以上)に大きくなっていて、中高と帰宅部で通したくせに、大学生の遊びの象徴(と思っていた)である「サークル」というものには興味を持っていた。

なので、入学後すぐに、なんだかルールに厳しくなさそうなサークルを見つけ、自ら、勧誘もされていないのに入部し、入り浸った。

そのサークルの女の子たちの中には自分とは違い、福岡県外からわざわざその大学を選んできた子も多くいた。その子たちは当然実家を出て暮らしていることになる。

 

学生寮ではなく一人暮らしをしている人間のすみかは、ヒマな学生たちの格好の餌食になった。

 

その日もサークルの男女数人で、大学から一番近くで一人暮らしをしている女の子の家に行った。

 

生まれて初めて女の子の暮らす部屋に入った僕は、思い返してみると意外と緊張はしていなかったと思う。

まあ、一人で行ったわけではなかったし、その部屋の住人である女の子の持つオーラのようなものがそうさせたのかもしれなかったかった。(誰からも心を開かれる女性なのだ。)

 

僕はそこで、カーテンレールの上に飾られた「サージェントペッパーズ」のLP盤と、壁一面に陣取る「Reality Bites」の特大ポスターを見つけることになる。

 

このリアリティバイツという映画自体は、僕みたいな、田んぼで野球してその足でバットとグローブ持ったままパチンコ屋にはいって店員に追い出されるようなお子さまにはまるで別世界で、ヤクやエイズなどにあふれる、まったく「リアリティ」のない世界だったのだが、ただ、サントラは良かった。

特にエンドロールで流れるリサローブの「Stay」がとても良かった。

 

ビートルズも飾ってあるし、この子はとてもイイじゃないか! と18歳の僕はすぐに思った。

そしてサントラを聴いたか、という話をして、「Stay」の話をして、同席した洋楽に疎い他の男性陣を、少しだけ、出し抜いた。

当時は僕の近くでリサローブを聴いている人なんか、幼馴染のハヤシくんしかいなかったので、ハヤシくん以外にその話ができる人がいた、しかも女性! それが嬉しかったのを覚えている。

 

それは、その子も同じだったみたいで(あっちは「ハヤシくん」的存在もいなかった)、とても嬉しそうに話をしてくれた。

 

しかし習慣は時に本能よりも強い。

思春期衝動を持て余していたくせに、僕は得意の人見知り(特に対女性)を存分に発揮した。

不必要に話をふくらませることもなく、目も合わせず虚空に向かって言葉を発し、今思えば大学入学早々にして訪れた人生最大の、ともいうべき趣味の合う女性と近づくチャンスを、いとも簡単に、逃した。

というわけで、思春期の衝動とは、もうしばらく付き合うはめになる。

 

僕はその後も、現在になるまでリサローブのことを、ハヤシくんとその女の子、二人以外とは話したことはない。

時は流れて、2014年(6年前)。

ドラマ「若者たち」で、長澤まさみさんがTaylorを弾きながら「Stay」を歌った。

なんで今ごろStay!? と思ったけど、最近はいろんなメディアの製作者サイドが同年代なのだろう、自分たちの青春時代の音楽や文化をリバイバル的にTVや雑誌で目にすることも多い。

 

僕は妻とそのシーンを見て、少し感動して、そしてリサローブの話をした。

 

この世の中って本当に、いろんな人間の人生の大小の事象が絡まりあって、一つのとても大きな織物が出来上がっているのだな、とよく思う。

 

僕がもっと真剣にサークルを選んでいたら。

 

女の子が壁にかけたポスターが違う映画のものだったら。

 

でも、「たら」も「れば」も人生にはあり得なくて、すべてが巻き戻しは不可能な瞬間の決断の積み重ねだ。

 

僕は、ただそのサークルに入り、ただその女の子の家に行き、ポスターとLPを見つけリサローブの話をしたのだ。それが絶対に動かない、起きた出来事だ。

そして僕はそのあとの数年、遊んで、中退して、失恋して、働いて、そしてふとしたある日、優しくて僕みたいなのがいきなり電話してもイヤな顔しなさそうなその女の子に電話して、二人で会って、何度も笑って、時々泣いて、いろいろあって、本当にいろいろあって、そして人生が混ざり合った。

 

いや、最初から混ざってたんだよなあ、と思う。生まれた時から、生まれる前から。

それに後から気づいただけで。

それに気づいていくことこそ『意味』なのかも、なんて思ったりもする。

関東で働くハヤシくんとはなかなか話をする機会がなくなった。

だけど、僕は今も時々同じテーブルでコーヒーを飲みながら、その女の子、妻と「Stay」を聴いて、リサローブの話をする。

 

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コメント: 2
  • #1

    ヌーノ・ゴメスでねーの (日曜日, 16 2月 2020 23:24)

    Lisa Loebの「STAY」とてもいい曲ですね。
    この曲が町中で耳に届くと、ハッとその思い出が甦ると思うと素敵なものですね。
    音楽は、こういう心の「トリガー」となることがよくあるので、面白いものだと思います。
    また、このようなお話を楽しみにしています。

  • #2

    SPOONの中のイマムラ (火曜日, 18 2月 2020 00:58)

    ヌーノ・ゴメスでねーのさん、コメントありがとう!(雑なハンドルネーム……。)

    いや、本当にたかだか3~5分の音楽の持つ力、すごいです。
    小説や映画、絵画にも同じような力があるように思いますが、聴覚のみで他の感覚を呼び起こす音楽は、少し存在が違うような気がしています。

    ぜんぜん好きじゃなかったんですけど、フジファブリックの「若者のすべて」を聞く機会があって、一発で精神を2,3日持っていかれてしまいました。(もう戻ってますが)
    もちろん急逝したフジファブのボーカル志村氏のこと(ドラマチックなというか)があるからこそなんでしょうけど、それ抜きにはできないけど、でもパワーのある曲でした。
    そんなの久しぶりだったんです。
    ありもしない、経験もしていない、甘酸っぱい思い出が作り上げられそうな気すらしてしまって(もちろんそんな青春は漫画でしか知りません)、「音楽が記憶を呼び起こす」どころか「作り上げる」ような気がしました。
    いや、もしかすると、その「漫画の記憶」と「自分の経験の感覚」を溶け合わせるような、そんな媒介の役目をした気がします。

    いや、歌詞があるから「歌」は聴覚のみではないですね、言語の力を使ってる。
    その点小説や詩、絵画のほうがい一つの感覚の表現だな……。

    なんか熱くキーを打っていたら、コップの飲み物をのもうとして別に何にもぶつかってないのにべちゃっとこぼしてしまったので、ここでやめます。

    ありがとうございます!